そこで今回、実際の車両の諸元を用いて試算してみた。ただし、トラクションの数値は車重が同じクルマどうしでないと直接比較出来ない。車重の違うクルマを同列で比較するため、トラクション性能=登坂能力となることを利用し、登坂能力の値でトラクション性能を比較した。
※注意:ここでいう「登坂能力」とは、クロスカントリー車などのエンジン由来の駆動力の強さでは無く、坂を滑らずに登ることができるグリップ上の限界能力のこと
比較するのは、FR車代表:BRZ、FF車代表:オーリス、4WD車代表:ビーゴ、とした。
ビーゴは単純なセンターデフ式フルタイム4WDなので計算が簡単なのだ。ビーゴにはセンターデフロック機能があるので、デフロックON/OFFでの比較も行った。
例のごとく、車体のピッチングによる重心移動は無視できるものとする。

ある摩擦係数の路面条件において登ることができる限界の勾配をもって登坂能力の数値とした。
例えば、センターデフをロックしたビーゴにおいて、路面の摩擦係数が0.8だと、80%の勾配まで駆動輪が滑らずに登ることができる。これが同じグリップ条件でBRZだと、勾配が約40%を超えると駆動輪が滑ってしまい登れなくなる。
FFのオーリスと、FRのBRZを比較すると面白い傾向が見られる。グリップが良くなって大きな勾配を登れるようになるほど荷重が後輪に移動するので、前輪駆動のオーリスは登坂能力の伸びが低下し、後輪駆動のBRZは伸びが増加する。そして、路面の摩擦係数が約0.94を超えると、登坂能力でBRZがオーリスを上回る。ただ、一般道で普通のタイヤでは、路面の摩擦係数はせいぜい0.9なので、一般道の通常の条件下においては、トラクション性能でBRZはオーリスに敵わないと言える。
ビーゴのデフロックの条件違いについても比較してみる。
低μ路ではデフロック条件でもデフフリー条件でも登坂能力はほとんど変わらないが、グリップが良くなるほどデフフリー条件の登坂能力の伸びが低下する。これは急勾配が登れるようになるほど前輪の荷重が減り、センターデフの作用により後輪の駆動トルクが、荷重が抜けてスリップしやすくなった前輪に逃げてしまうためだ。(等配分型)センターデフは、常に前後トルク配分を50:50に維持するので、前輪が荷重抜けで滑りやすくなると、後輪にも同じだけ低下したトルクしか伝達できなくなる。
なので、駆動力を確保するためには、センターデフにデフロックやLSDが必要になるのだ。
また、低μ条件の部分のグラフを拡大すると興味深いものが見られる。

ビーゴのデフフリー条件は、デフロック条件より若干劣っているが、摩擦係数0.18付近で同等になっている。
これはビーゴの前後荷重配分比(水平・静止時)が55:45とフロントヘビーになっているためだ。摩擦係数0.18以下の条件では、輪荷重の大きい前輪から、輪荷重が小さいために滑りやすい後輪に、センターデフの作用で駆動トルクが逃げるので、デフロック条件より劣ってしまう。摩擦係数0.18の時に限界勾配を登ると、後輪への荷重移動によって、ちょうど前後荷重配分が50:50になり、駆動トルクが前輪にも後輪にも逃げずにトラクションが最大となる。
それにしても、こうして見ると2駆と4駆のトラクション性能の差は絶大だなあ。
詳細な計算は以下
前輪駆動車の限界登坂勾配:tanθf
tanθf = ( 1 - r ) / ( 1 / μ + h / W )
後輪駆動車の限界登坂勾配:tanθr
tanθr = r / ( 1 / μ - h / W )
4輪駆動車(センターデフロック)の限界登坂勾配:tanθa
tanθa = μ
4輪駆動車(センターデフフリー)の限界登坂勾配:tanθb
tanθb1 = ( 1 - r ) / ( 1 / 2μ + h / W )
tanθb2 = r / ( 1 / 2μ - h / W )
tanθbは上記のうち小さい方の値
r:水平・静止時の後輪荷重配分比,μ:路面摩擦係数,h:車両重心高,W:車両ホイールベース
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iQは前輪駆動車にはあるまじきフロントミッドシップ、エルグランドはミニバン、ということでリヤの重さが効いてきますね。特にミニバンは、フル乗車するとさらにリヤが重くなるので相当辛くなります。スキー場に続く坂道などで、スタックしているのを見かけます。
逆にポルシェ911のようなRR車は絶大なトラクションが得られます。トラクションにおいて駆動輪荷重の確保が如何に重要か、よく分かります。
ちなみに、上の計算は"μが一定"という前提になっているので注意が必要です。実際には、μは一定ではなく、高速になるほど、また高荷重になるほど低下する傾向があります(最近のタイヤはあまり下がらなくなっているようですが)。